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4月5日

空は晴れわたり朝日がまぶしい。
桜ももう咲いている4月の風景。
すっかり春だと俺も少し薄着で家を出る。



  寒っ!!?



見た目と中身が合ってないだろ。
普通あの風景は暖かいものだ。

上記のような昨日の残念な体験のせいで、今日は喉が痛く鼻が詰まっている。。



見た目で惑わせるのものが世の中には多く存在する。

ちなみに俺は乳製品が苦手だ。
牛乳はもちろん、チーズやヨーグルトも。
なのにあのチーズの見た目が美味そうに見えるからタチが悪い。
苦手と分かっていながらも給食のチーズが美味そうで、口に入れてみるもやはり後悔、何度やってしまったことか。


あと俺は甘いものも苦手なのです。
チョコレートはもちろん、和菓子などは危険極まりない。
なのにあの最近よく見る生チョコってやつは、何故あんなに美味そうに見えるんだ。
和菓子に至っては言うに及ばず、和菓子職人どもの狡猾な罠なので近づくと危ない。

「甘い罠」とはよく言ったものである。

だって見てみなよ、
例えばポテトチップなんて外見を捨てて全てのパラメータを味に振り分けているよ。
カレーなんてのもそうだ。


ほとんどの人には理解を得られない論を垂れ流してみましたが、
この自己啓発を経て、俺は外見に騙されない強い大人になるよ。


4月29日

仕事して帰って、酒を飲みながら、録画していた野球の完全中継を見て寝る。

毎日この繰り返し。

俺の野球好きに一切の自粛無し。

ただ、時間の浪費感はかなりのものがあるのだけど、 なんせ今年は贔屓チームが勝ちまくるもので、止められない。
もちろん、家族の不興を買っている点については、気付いてないことにしている。


5月9日

大きい方の部類に入る口内炎に痛ぶられ、 「神経むき出しなんじゃね?」ってな感じに2次被害の頭痛や肩こりにも耐え続けること2週間。
なんとかゴールデンウィークを前にして回復の方向に傾いたのか、痛みが微妙に和らいできたような気がしてきた 丁度その日の夜のことでありました。

口内左側を噛んで血だらけに。。。

これは助からない。。。

と思っていたら案の定、数日のうちに今期最凶の大災厄に。
絶望的な痛みに耐えるばかりのゴールデンウィークは苦行でしかありませんでした。
歩く振動だけでもウンザリするばかりの痛みは噛んだときの想像の枠を超えておりました。


そしてゴールデンウィークも終わり、また仕事の日々が。。。
2ヶ月ほど祝日が無いんだよなぁ。
とまぁこれまたウンザリ。


6月15日

なんだかものすごく鬱屈とした毎日を送っておりますよ。

いや、最近そーなったって訳でもなくて、けっこう以前からこんな感じですけどね。

嫁サマの俺への評価としては、
「なにかと冷めてる。」
「他人に興味がない。」
「世の中の何にも期待してない。」
ってな感じらしいです。
どんなに好意的に聞いても褒められてない。

確かに『期待』が無いから大してショックを受けない。
これが鬱にならないコツだよとはよく言っていた。
今の俺も鬱屈とはしているけれど、特に病的なものではない。
なんせ家に籠るのは好きだけど、べつに外に出るのが怖いわけじゃないもの。

などと思いながら生活を送っておりましたが、今日ふと気付いてしまいました。
外出するのが苦じゃないかどうかは『引きこもり』の話で、鬱的なことは別の話だよな。。。

この業界、そーいう人が特に多いと以前から有名だけど、俺は大丈夫か?
なんか不安になってきた。

仕事が苦痛でしかないのは社会人になった10年前からとくに変わらないし、 仕事で楽しいと思ったことなんて一瞬も無いけれど、死にたいと思ったことなんて一度もない
俺一人死ぬくらいなら、どちらかというと俺以外全員死ねばいいと思うタイプだし。

じゃあ最近俺を鬱屈とさせる原因は何かを考えてみる。

●毎週競馬を続けているが、大金を得ないまでも、気持ちよく的中するということすら、あまりにもない。

●上記のせいで懐寂しく、常に持ち金を気にし、飲み食いしちゃいけないと自制している。

●子供が起きてる間は、家に居てもやりたいことは出来ない。

●歴史関連の本などを読んだりと歴史知識を吸収して人の歴史を知るにつれ、暗い人間になっていく。

●仕事での精神的な疲労。

●ヨメ様がすぐ不機嫌になる。

●興味の無い情報処理関連の試験がもうすぐある。


並のサラリーマン家庭ならみんな感じてるようなことばかりで、どれもたいした事じゃないな。

もともと夢があるわけじゃなし、
やりたいことや目標があるわけじゃなし、
鬱屈となる理由がないのだけど、
文章としてはだいぶ病んで痛々しいものになってきたな。



そんなこんなで、
じゃあとりあえず大声出して発散しようってことで、平日に会社半休を取りまして、
京セラドームへ行ってきました。

野球中継をほぼ毎試合見てるので、応援のノリは分かってるのだけど、 歌詞的なものが変わり果ててしまってるのね、数年前と。

そして7対0で完封負け。

はたしてこれで、禍々したものを発散でき、見違えた生活を送れるのだろうか。


6月16日

俺も昭和生まれの男の子ってことで、子供の頃には『戦争ごっこ』なんてこともやったもんです。

え? 昭和生まれでも50年代生まれは戦争ごっこなんてみんなやってない?

おかしいな、近所の子たちもみんな戦争の知識なんて無かったけど、 鬼ごっこや隠れんぼと同じような感覚でふつうにやってたな。
誰が最初にやろうと言い出してルール説明したかなんて覚えてないけど。

今では実家の近くを歩いても土の広場が全然無いのだけど、 俺の子供の頃は田んぼや空き地がけっこう在って、 たまにみんなでやったもんですよ。


雪合戦と同じようなもので、足下の土を手で固めて相手にぶつけるだけ。
当てられると戦死でその子は終了。
ただそれだけ。

二手に別れて開戦の合図、
地域によって違うのだろうけど、ウチの近所では、
「♪戦争開始ぃ〜
   みなみな開始ぃ〜♪」
ってな調子で言ってたな。

当たった、当たってない で、すぐにもめるところが子供の遊びらしくて今思い出すと微笑ましい。


暑い季節に入ってきたので、そろそろテレビマスコミが戦争特集なんかで騒ぎ出す頃ですからね。
それに先駆けて俺の戦争体験を語ってみました。



ちなみに報道ステーションで最近、戦争体験を語る人を募集して、 採用された人が孫や若い子の前で悲惨な体験を語るコーナーを定期的にやってるね。

まぁ朝日らしいやり方で分かりやすい。
俺も不快にならずにそろそろ慣れればいいんだけど、
やっぱり見ててムカついちゃうのは、修業が足りませんね。

流す側に意図があるので、 楽しかったり痛快だったりしたという体験は絶対に採用されず、 日本の動乱期の中でも悲惨な時期や場面ばかりを取り上げて煽る。
まぁ、いつものことです。


6月20日

膝が痛てぇ。

何をしたわけでもないが、左膝が痛い。

謎の痛みだったが、ふと1つ思い出したことがある。

先週の日曜のこと、左の足首を軽くひねった。
足をひねるなんて大人になってからはあまりないので
「久しぶりだなぁ。」
ってな程度だったのですが、あれが原因か?

その時のインパクトから足首をクローズアップしていたが、 『木を見て森を見ず』という格言の通り 広い視野で全身を見ると、足首よりも膝がひねられていたというのか。



何にせよ歳をとると間を置いてから痛くなるから原因が判らなくて困る。


6月26日

決して合格しない試験を受けに行ってきました。

テスト日に合わせたように風邪で咳をしまくる人が居たり、
何時間もしゃっくりが止まらない人が居たり、
女装している男子が居たり、
なんか映画で出てくる夜間学校みたいな教室で試験を受けるハメになりましたが、 合格しない試験なので逆に楽しめた感も。

合格しない理由はもちろん勉強してないからなのですが、 あのテの大きな試験は、きっと3ヶ月ほどみっちり勉強しないとダメなんでしょう。

俺はというと、前日に2・3時間ほど参考書の計算問題以外のところをいくらか眺めて行っただけですからね。
何をかいわんやです。

ただ、些細な方針だけは決めて望んだんですよ。

●計算問題は捨てて、4択の『イ』を選ぶ。
●それ以外も答えがよく解らない時は『イ』を選ぶ。
●『イ』が違うと分かっている場合は、残っている選択肢の中でも最も後ろのものを選ぶ。

ヘタに選んでいくと全滅するので、一貫した選び方で確実に4分の1を拾っていこうという訳です。
こんな感じで午前のテストに望みましたが、思ってたより酷い目に遭わない。
意外と勝負できているような気がする。

全部で80問。
分かった問題が14問。
2択に絞れたのが22問なので確率的には11問合う。
残り44問4択も確率的には11問合う。
合わせて36問、1問1.25点として45点。

最低45点から自信は無いまでもそれなりに答えたところがいくつ当たってるか。
実に夢がある。

威力偵察に出でたら思いのほか戦果を挙げたとでも表現すれば分かりやすいですか。
むしろ分かりにくいから黙ってた方がよいですか。


ただし上手くいくのもココまで。
午後試験に至っては、Noスタディな上、 どんな試験なのかも知らずに挑むノーガード戦法。

予想よりもエグい設問で、開始10分後にはすでに絶望の海を漂う俺が居ましたよ。

元々知らないカテゴリの設問に筆記形式の回答。
これはムリゲーだ。


とまぁ試験のことはもういいとして、
すごく新鮮で楽しかったのが、バスですよ。

試験会場が電車ではかなり遠回りになる不便な場所だということで、今回はバスを乗り継いで会場まで行ったのですよ。

一人でバスに乗るなんて、大学の時の駅と学校の連絡バスを除けば、初めてではなかろうか。
電車と違って風景が近く、スピードも電車より遅いので、周りの景色がよく見える。
だから色んな物に心の中でツッコんでいる自分は、なかなかにバスの旅を楽しんでいたようです。

天気が良くて景色がキレイ。
慣れてなくて新鮮。
何でも良く見えるから不思議です。

人の変態度数を計る材料となるパラメータである『●●好き』(1人いくつでも持てる)としては、
「競馬好き」、「歴史好き」など比較的ノーマルな値を保持している私でありましたが、
今日のバスの旅の新鮮さのせいでしょうか、
この度 「バス通学する女学生好き」が追加されたことにより、私の人間的価値は一気に低下しておりますが、 生きてていいですか。


      


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