ブログさらにはSNS全盛のこの時代に昔ながらのテキストサイトでお送りしております。
時代遅れを「クラシックスタイル」と言い張って、今日もムダ話を垂れ流していきますよ。

1月30日

前回の日記にも書いた、消えた50歳代が何処にいて、どうやって生計を立てているのか。
この謎に迫るべく、俺の知り合いの中でも最も答えを知っている可能性の高い人に聞いてみた。
その人は人材サービスの営業職、『餅は餅屋』ということで、普段お世話になっている営業さんに聞いてみたわけです。

結論としては、判らず。。。

核心に最も近い専門家をもってしても、真実は藪の中なのです。
早くも手詰まり感が漂ってきましたが、果たして俺は答えにたどり着けるのか。

1月25日

ここ数年、ファーストフード店やフードコートで年配の店員さんが働いているのをよく見るようになった。
見た感じは明らかに俺より世代が上で、60歳代から70歳代に見える。想像するに、年金が少なくて、心もとない生活費の足しにと頑張っておられるのだろう。

一方、俺はここ2年、いくつかの現場で働かせてもらったが、自分より年上の人をほとんど見なくなってしまった。
会社務めの50代ともなると、もう管理職に収まって現場には出て来ないものなのだろうか。
特に実力のあるわけでもない50歳、居心地の悪さは感じているのが正直なところ。そして何より怖いのは、フリーランスは50歳を越えてくると、年齢を理由に採用されなくなっていくという現実がある。本人にいくら働く気があっても、現場が受け入れてくれないのだ。あれだけ「人手不足」だと言われている世の中でだ。

「みんなどうしてるんだろう?」

50代になって生き難さを感じている俺がそんな事を考えたのは、自然な思考の流れだろう。もちろんこの「みんな」は特定の知り合いのことではなく、50代の皆さんという意味です。

しばらく考えてみたが、何だかおかしい。
年配と働き盛りの30歳〜40歳代は見かけるのに、50歳代が目に付かないのだ。
もちろん全くいないわけではない。友人や知り合いだって50歳を越えてる人はいるし、彼らは管理職として頑張っている。
でも、我らは就職氷河期世代なのだ。そもそもの頭数が違うはずなのだ。

我ら世代が若手の頃は、「就職浪人」なんて言葉があったくらい仕事に就けない人も多くて、社会人の年代別人口グラフではピラミッド形の土台の層が氷河期世代のせいで広大になり、ぜんぜん尖りのないピラミッドになっていたのだ。そんな彼らが全員管理職に収まっても、まだまだ溢れる人がいるはずなのです。

それなのに、人手が足りないから外国人を呼んできて使おう、さらには物価高で日本人の生活が苦しい、というこのご時世に、周りに50代が居ないのは何故なのか!

もはや生活に困った50代は借金にまみれた挙句、カイジで出てくる『地下』のような場所で強制労働に従事しているとでもいうのでしょうか。

いや、もしかすると、輪廻転生の輪という無限地獄からの解脱のように、この世には気付いた者だけが踏み入ることができる安楽な環境が存在していて、少しづつ50代が業界から消えていってるのではないだろうか。

いづれにせよ、あれだけ居たはずの就職氷河期世代が50代になって明らかに数を減らしている。生活苦で大量に亡くなっているなんて話も聞いたことはない。
皆さん何処でどうやって生計を立てておられるのか。

消えた50代を探し出すことが、俺が生き残る道だと見付けたり。

1月4日

ただ今、正月休み中。
俺には長期休み中の心掛けというものがある。それは、『安心しないこと』である。

社会人になった頃、辛い仕事に追われる日々を過ごし、やっと迎えた年末年始の休暇。 ホッとして力が抜けたのだろう、発熱して年末年始を朦朧と過ごし、回復した頃には休みも終わり、また辛い仕事に戻る。 そんな年が何度かあったのです。我が事ながら、可哀想だなと思う。

昨年末は何とか仕事を終えると、取り急ぎ大阪の実家に行って洗濯機の購入設置、ブレーカーの修理、水道の修理を済ませて年内に戻ってきた。
そして新年、やりきった感が出てしまったのか、そして安心してしまったのか、新年早々、咳が止まらなくなってきた。
そして、そのまま仕事へと突入してゆくことになる。

気を張っていても病気にはなる、というお話。

1月2日

2026年版のヤクルトスワローズのカレンダーを開封して飾った。

さっそく表紙をめくって、今年の1月は誰だろう……村上だった。

メジャー移籍で今年のスワローズには居ない選手が1月を独占しています。
これには、万が一ヤクルトに残留した場合に備えたヤクルト球団の苦渋の選択が垣間見えて、新年早々胸が熱くなった。

2026年1月1日

年が明けて2026年ですよ。ミレニアムなんて騒がれていたあの頃からもう四半世紀が過ぎたのですね。
あの頃には既に俺も年齢だけは大人でしたからね、年を取ってしまいました。

このサイトの過去日記を見てみれば、最も古いのが2001年とありますから、こちらも四半世紀が経っているではないですか!?

当時はインターネットの創世記で、電話回線でネットにつないでいた時期。画像すら表示に時間がかかるという回線の細さ。必然と文字が主流のテキストサイトが流行ったわけです。
そのほとんどはとっくの昔に滅び去っているわけですが、ウチは人気サイトどころかほぼ誰も見ていないですからね。更新頻度なんて気にしなくていいですし、クオリティが低くてもどこからも文句も出ません。『やめ時』というものが無いのです。

26歳から始めて今や50歳、人生の半分も何をやってるんだって話ですが、誰も見ていないので、説教されることもないのです。

いっそこのまま50年続けた頃に、すごく長続きしているというだけでこのサイトが発掘されて書籍化、なんてことになって、年金もままならない俺の細やかな収入源に……なんてならんだろうな。
いや、今年の当サイトのテーマは『前向き』です。きっとこの僻地が日の目を見る日が来て、何かしらの収入化を。

結局金の話で、前向きというか生臭いか?